誰よりも、あらゆるアルコールを浴びている、この木製のカウンターは、お客さんと私の境界線で、めったに38度線のように緊張状態にはならない縦横無尽の自由と平和の象徴である。
境界線の向こう側は、楽園の住民とはいかないが僕とは違う。

 開店準備をして、背中の腰元の三列目150〜200のほぼ中央からボズ・スキャッグスの「Fade into Light」を手に取り、MK1に針を落とす。

Who I wonder,wonder,wonder,wonder who
Got you thinking like that,boy
Who I wonder,wonder,wonder,wonder who
(俺にはわからないし、驚ろきだよ
あんな風にお前に考えを吹き込んだヤツは誰なんだ?
考えてもわからないよ
誰なんだよ?)

「Lowdown」のコーラスが入ったところで、セッションを奏でるように軋む音と共に、六さんが顔を出してくれた。
六さんとは、この境界線内に立つ前より、深夜のカラオケ・スナックで出会い、今では僕にとっての良き人生の先輩であり、兄のように信頼している。
6月6日の誕生日会オーメンに呼ばれて六を知り、後々歳は、昭和36年丑どしと知った。

『tommy、今日も遊びにきたよ〜!いつものね〜』ロックグラスに升酒のようになみなみと、一刻者を差し出す。
『今日も食べてないでしょ〜!お土産〜』
『今までね、ひろこちゃんと新寿司にいたんだよ〜。後からひろこちゃんも来るよ〜』握りを6勘おみやにして、差し入れを貰う。

久しく煙や水分以外、通っていなかった喉には、少しこたえるが、光を与えられなく枯れてしまった植物達の二の前にはなりたくないと…。

今流れる美しいメロディのLowdownだが、内容はスラングで最低な現実をさし、歌詞はメロディに反して
まさしく、今の僕の現実を指した。

六さんの話を聞きながら、しらばくすると
二人の女性客がカウンターに座った。

はじめて遊びにきてくれた方には、名前や通称を聞いて握手するのが私なりの慣習となっている。注文されたお酒を出す時に「Tommy」です。
「失礼ですが、お名前をお聞きしても良(よろし)いでしょうかと」、手を差し伸べる。
みこさんは、近くに住みアパレル店を切り盛りしている30歳後半のマダム(左手の薬指に指輪をいている)。眉毛の上に等間隔にホクロをもち、まさに神聖な白装束が似合いそうな雰囲気だったので、本名でないことは確かだった。
もう一人の方は、「のりこ、と呼んでね」と、小麦色の肌で、端正な面立ちで九州・沖縄方面の出身を想像させた。小麦色がピンクに染まった顔色で、カウンターの椅子をお尻で揺らし、早くお酒を呑みたい素振りをみせた。
私が握手して、名前を聞くと、六さんも、私にかぶして「六ちゃんでーす」と両手を顔の近くで開いて戯けて挨拶をする。
下手な漫才コンビよりも、巧みなアクセントで、みな満開な笑顔となり会話がはじまる。
みこさんは、レモンを添えた氷無しのトニックウォーターを飲みながら、ショットガンを数回したようなテンション。体質でアルコールは受け付けないのだそうだ。飲まなければテンションが上がらない私にとっては羨ましい限りの体質となる。のりこさんは、最初の一杯は生ビールで二杯目、三杯目…は、六さんの一刻者を水割りで。勿論、私も六さんから、好きなもの飲みなとご馳走にあずかる。そう私は胃袋をアルコールで浸けないと調子がでない。体を痛めつけないと楽しくなれない小心者。お酒を嗜むのと楽しくなりたいからお酒を飲むのとは違い、私はお酒が好きなのではなく、感情を高めたいからお酒を飲んでいる。
雑談しきる中、僕はみこさんに聞いてみた「こんな雰囲気で実はしらふで、家に帰ると疲れたりしないの?」
「最初は疲れたわよ!でも、今は慣れたわ。」
「でしょ。そんなもんだよね。」
六さんが、「tommy、こういう人たちと一緒にならなきゃね。」と半分ふざけて真面目な顔をして、僕をみる。
うす暗い照明の中、腕時計をみると開店から3時間が過ぎて、10時を回っていた。
「ひろこちゃん、遅いですね。」六さんになげかけた。
のりこさんが、空になったロックグラスをキラリと光る指輪をした左手で
「トミーさん、乾杯〜と、」
ごめんねと謝りながら、一刻者を注ぎ皆んなで乾杯をする。もう何度乾杯をしたことだろうと思いながら…。

煙を吸った歳寄りのJBL 4344から、ダイアナ・クラールの、Just the Way You Are (素顔のままで)ビリー・ジョエルのカバーが優しく流れる。

好きな曲は、メロディーは勿論のこと
詞もお気に入りになる事が多いい。

”Just the Way You Are”
は、邦題は、「素顔のままで」だが、ニュアンスは、君はそのまま、今のままでいいって感じになる。
歌の中では各小節のラストフレーズで

I’ll take you just the way you are
そのままでいいんだよ。

I want you just the way you are
そんな君がいるだけでいいんだよ。

I love you just the way you are
そんな君が好きなんだよ。

と歌い上げる。

こんな、フレーズをいつか伝えれる男になりえたら
と思いながら、また酒を呑む。

結局、ひろこちゃんは現れず、時計は、午前2時をまわり
誰もいなくなった静寂の暗闇で、軋むドアに鍵を閉める。

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